東京高等裁判所 昭和41年(ネ)858号 判決 1966年10月12日
控訴人 千葉商工信用組合
被控訴人 日房商事株式会社
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は控訴人に対して、被控訴人の営業時間内は何時でも被控訴人会社に備え置かれたその定款、株主総会および取締役会の議事録、株主名簿並びに財産目録、貸借対照表、営業報告書、損益計算書を閲覧させなければならない。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対して、被控訴人の定款、総会および取締役会の議事録、株主名簿、財産目録、貸借対照表、営業報告書、損益計算書を閲覧させなければならない。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言を求めた。
控訴人が請求原因として述べたところは、本件株主名簿等の閲覧は商法第二六三条及び第二八二条の各第二項により請求するものである。これを閲覧することによつて控訴人の得る利益は、若し被控訴人の支払不履行の理由が事実であれば支払を猶予することができる。若し被控訴人の支払不履行の理由が虚言であれば、一層厳重に請求することもできるし、また場合によつては財産の所在を明らかにして強制執行の手続をとることもできる点にあると述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
被控訴人代表者は、適式の呼出を受けながら原審及び当審を通じ口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。
理由
控訴人が被控訴人に対して債権を有することは、被控訴人が自白したものとみなされる。ところで、商法は、「取締役ハ定款並ニ総会及ビ取締役会ノ議事録ヲ本店及ビ支店ニ、株主名簿及ビ社債原簿ヲ本店ニ備エ置クコトヲ要ス」るものとし、「会社ノ債権者ハ営業時間内何時ニテモ」これらの書類の「閲覧ヲ求ムルコトヲ得」ると規定し(商法第二六三条)、また、「取締役ハ定時総会ノ会日ノ一週間前ヨリ」財産目録、貸借対照表、営業報告書、損益計算書等の書類を「本店ニ備エ置クコトヲ要ス」るものとし、「会社ノ債権者ハ営業時間内何時ニテモ」これらの書類の閲覧を求め得るものと規定している(商法第二八二条)。そして正当の事由なくして以上各書類の閲覧を拒否した会社役員には過料の制裁を科することにしている(商法第四九八条第三号)。これらの規定は、個人あるいは合名会社合資会社のような人的会社と異なり、株式会社においてはその社員である株主の責任は有限である結果会社財産のみが会社債権者の担保となるに止ることにかんがみて、会社債権者に対して株式会社の内容、特にその営業状態を知り得るようにしてその利益を保護するために認められた強行規定と解すべきである。故に会社債権者は、その債権の履行を確保するため、場合によつては会社に対して強制執行をするためにもこの閲覧権を行使し得るのは当然であり、この点債務者が個人あるいは合名会社合資会社等の人的会社の場合とは全く事情を異にするのである。以上の理由によつて控訴人は被控訴人に対して、被控訴人の営業時間内は何時でも右商法の規定によつて被控訴会社に備え置かれたその定款、株主総会及び取締役会の議事録、株主名簿並びに財産目録、貸借対照表、営業報告書、損益計算書の閲覧を請求することができるというべきである。
なお、財産目録、貸借対照表、営業報告書及び損益計算書については、定時総会終了後は備置義務も閲覧請求権もないとの見解も考えられるけれども、株主総会は定時総会終了後もこれらの書類による報告の結果に基いて二年間は取締役又は監査役の責任追及の決議をなすことができるところから見れば(商法第二八四条)、株主は定時総会終了後もなおこれらの書類を調査するにつき利益を有するものと考えられ、また、取締役は毎決算期より四月内にこれらの書類の附属明細書を作つて備え置くことを要し、その書類は株主の閲覧に供されているところから見れば(商法第二九三条ノ五)、その基本となる前掲各書類のみ定時総会終了とともに備置閲覧の対象から除かれるものとも解し難いので、控訴人は、これらの書類が備え置かれている以上その閲覧を請求できるものである。
よつて本件控訴は理由がありこれと異なる原判決はこれを取り消すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、なお仮執行の宣言はこれをしないのを相当と認め、主文のとおり判決する。
(裁判官 小沢文雄 鈴木信次郎 岡田辰雄)